弁護士が残業代請求のご依頼をお引き受けした場合、主に、手続きは次のような手順で行うことになります。
①証拠の収集・残業代の計算
残業代の請求をするのに欠かせないのが、労働時間に関する証拠です。労働時間に関する証拠には、タイムカードや出勤簿のほか、職場で使用しているパソコンのログ、職場のある建物への入退館(セキュリティ)の記録などがあります。
タイムカードや出勤簿はふだんからコピーをとっておけばよいわけですが、パソコンのログや入退館の記録を手に入れたい場合には、証拠保全手続きをとることも有効です。
多くの方の場合、退職や転職の機会に、会社(雇用主)に対する残業代請求を考えます。けれども、退職後に残業代請求をするなら、在職中からしっかりと証拠を収集しておくに越したことはありません。たとえ、タイムカードや出勤簿がなくても、パソコンのログをとっておくことは比較的簡単にできますし、出退勤の時刻をメモしたり、退勤時に必ず家族に「帰るメール」を打ったりすることでも証拠を残すことができます 。
こうして収集した証拠をもとに本来支払われるべき残業代の額を計算します。労働時間に関する証拠がない期間がある場合には、証拠がある期間の労働時間をもとに、証拠がない期間の労働時間を推定し、残業代の額を計算します。
②会社への残業代請求・任意交渉
残業代の額が計算できたら、直ちに、内容証明郵便で会社に対して残業代を請求する通知を送ります。これは、請求の意思があることを会社に伝えると同時に、各支払日から3年(※)という賃金の時効の進行を止めるためです。そうすれば、通知を送ってから6か月間は、請求した残業代が時効で消滅しません。
※当面の間、残業代請求の時効は3年ですが、将来的には5年に延長される見込みです。
ただし、支払日が2020年3月31日以前(労働基準法改正前)の給与については、時効は2年です。
通知では、残業代を請求すると同時に、弁護士が代理人に就任したこと(=残業代に関する全ての交渉は弁護士がおこなうこと)を伝えるので、通知到着後、依頼者の方が会社と直接やり取りする必要はありません。
会社の対応によっては、任意交渉のみで解決できることもありますが、依頼者の方が納得できない和解を提案されたときには、裁判所の手続きを利用し、適切な解決を図ります。
③裁判所における手続き
任意交渉が決裂した場合には、残業代を請求する通知を送ってから6か月以内に、裁判手続きをとらなければなりません。そうしないと時効が完成し、3年(※上記参照)以上前の残業代を請求できなくなってしまうからです。
時効を止める主な手段は、労働審判や訴訟です。
労働局のあっせん手続きを利用することでも時効は止めることができますが、労働審判や訴訟の方がメリットが大きいため、弁護士があっせん手続きを利用することは稀です。
A:労働審判
労働審判とは、原則として3回、3か月程度の期間の非公開の審理(話し合い)で解決を目指す手続きです。
訴訟に比べ短期間での解決を見込めることから、比較的単純な事案であれば、まずは労働審判を利用することが多いですが、後述のとおり、万能な手続きではないので注意も必要です。
労働審判を申し立てても、調停(和解)が成立せず、下された審判に異議が出されれば、訴訟に移行することになります。これは、相手方(会社)の意思のみによるものではなく、労働者側からも、審判に納得がいかない場合には、積極的に異議を出し、訴訟に移行することもできます。
B:訴訟
任意交渉や労働審判で会社が残業代の支払いに応じようとしなかった場合には、民事訴訟を提起することになります。 訴訟は、一審の判決が出されるまで、1年~2年程度かかりますが、弁護士が代理人であれば、原告本人は、尋問時以外は出席する必要はありません。
また、訴訟になったからといって、必ず判決まで争うわけではなく、ある程度お互いの主張がまとまったところで、裁判長から和解案が提示され、和解に至ることもあります。
労働審判と訴訟、どちらを選択するか
労働審判は便利な制度ですが、どのようなケースでも適切に解決できるわけではありません。「残業代請求の特殊性」のページでも触れているとおり、残業代請求では重要な点で様々な争い(当事者の見解の違い)が生じることがありますが、このようなケースでは、審理が短い労働審判では対応しきれなかったり、提示される和解額が、訴訟判決で見込まれる金額より低い水準にとどまる傾向にあります。
労働審判は、「短期の解決ができる」というメリットばかりが強調されがちですが、デメリット面もとらえ、事案の性質によっては、初めから訴訟を選択する方が適切な解決につながることもあります。