残業代請求のイメージと実際
残業代の計算は、一見、とても単純です。
残業時間に時給と一定の割増率をかければ、算出することができるからです。
- ①:残業代=残業時間×時給(1時間あたりの基礎賃金)×所定の割増率
そして、ここから既に支給された残業代を差し引くことで、未払いの残業代を計算できます。
- ②:未払い残業代=①で計算した残業代ー既払い残業代
ですから、残業代請求というのは、非常に簡単なことのように思えます。
一般的なイメージとしても、法律問題の中では残業代請求はそれほど難しくないという感覚が強いようです。
実際には、専門家であっても、よほどシンプルなケースでない限り、未払いの残業代を法的に正しく算出するのはなかなか骨が折れる作業です。
残業代請求においては、大きなポイントだけでも次の点を検討しなければいけませんが、これらは、労働者の方から様々なお話を伺ったうえで、労働の実態や判例をふまえつつ判断しなければなりません。
- 労働基準法の残業代に関する規定が適用される労働者にあたるか
- 日々の行動のうち、どの部分を労働時間と評価できるか
- 給与のうち、どの部分を基礎となる賃金に含めて時給を計算するか
- 給与のうち、どの部分が残業代の支払いにあたるのか
さらに、「残業代不払いの手口」のページで触れたように、近年、会社による残業代対策が巧妙化・複雑化していることから、法的な理屈に沿って細かく検討するべき点が複数生まれ、また、それらをどのように判断するかによって、計算結果が大きく変わることが少なくありません。
最近では、相談者の方が、ご自身で残業代の計算方法をインターネット等で調べて、相談時に計算結果を持参されることも増えてきました。皆さんよく勉強されているなという印象ですが、それでもやはり、弁護士が法律に基づいて計算しなおすと、計算結果が大きく変わることが多いです。
会社の対応について
上記の事情もあり、残業代請求の解決事例でご紹介したように、残業代請求では、たとえ証拠資料が揃っていて任意交渉で解決できる場合でも、会社側と労働者側で、ある程度見解の相違が生じることがほとんどです。
会社側は、労働者の請求に対して、様々な反論をするわけですが、それらの中では、ある程度うなずける主張をされることもあれば、全く法的な理屈の通らない、いわゆる無理筋の主張をされることもあります。
ですから、会社の主張1つ1つに対して、こちらがどのような判断をし、再反論するのかが、納得できる解決に向けて重要となります。
労働基準監督署の調査について
残業代請求では、労働基準監督署(労基署)に残業代が未払いとなっている状態を調査してもらったうえ、会社に未払分の支払を勧告してもらうという方法もあります。
ところが、労基署が、1件1件のケースについて、上記の①~④やその他のポイントについて全て実態を踏まえ法的に判断するのは、容易ではありません。
労基署の立場はあくまで中立ですから、調査をした中で客観的に確認できた分だけの認定となります。そのため、会社に対する支払の勧告の内容も、労基署が「少なくとも」未払いとなっていることが確認できた額にとどまり、本来請求できる額よりも低くなってしまう傾向があります。
裁判所の姿勢について
裁判所の残業代請求に対する審理の姿勢にも変化があらわれはじめています。
タイムカードなどの記録上で労働者が何時間働いているかということ以外にも、労働の内容、密度、残業の必要性といった実態の側面がより重視される傾向にあると感じます。
このように、残業代請求は、単に数字上だけの問題ではなく、労働問題として実体面からとらえることが求められています。