長時間労働により、脳梗塞や心停止などの脳・心臓疾患を発症し、死に至ることを「過労死」といいます。
「働きすぎが健康に悪い」ということは広く知られていますが、一体、どのようなメカニズムで脳・心臓疾患を発症してしまうのでしょうか。
発症に至る流れ
脳・心臓疾患の認定基準の作成根拠となった「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」では、発症に至る医学的メカニズムについて、次のように記載しています。
業務には、どのような業務であれ、それを遂行することによって生体機能に一定の変化を生じさせる負荷要因が存在する。この負荷要因によって引き起こされる反応を一般にストレス反応という。(略)ストレス反応は個々人によって異なり、血圧上昇、心拍数の増加、不眠、疲労感などの生理的な反応、生活習慣、疾病休業、事故などの行動面での反応など多様である。また、一般的な日常の業務等により生じるストレス反応は一時的なもので、休憩・休息、睡眠、その他の適切な対処により、生体は元に復し得るものである。しかし、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、ストレス反応は継続し、かつ、過大となり、ついには回復し難いものとなる。これを一般に疲労の蓄積といい、これによって、生体機能は低下し、血管病変等が増悪することがあると考えられている。
(脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書)
これによると、長時間労働がただちに脳・心臓疾患の発症に直結するわけではなく、次のような流れを経ていることが分かります。
長時間労働 → 睡眠不足 → 疲労の回復が困難となる → 疲労の蓄積 → 生体機能の低下 → 血管病変の増悪 → 脳・心臓疾患の発症
長時間労働によって、「睡眠不足」が引き起こされるということが、まず重要なポイントとなります。
睡眠不足が疲労の蓄積をもたらす
長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由として、次の4つが示されています。
①睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること
②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること
③長時間に及ぶ労働では、就労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これが直接的なストレス負荷要因となること
④就労態様による負荷要因(物理・化学的有害因子を含む。)に対するばく露時間が長くなる(脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書)
①~④の中でも、大きく影響を及ぼすと考えられているのが、睡眠不足による疲労の蓄積です。
睡眠不足に陥ると、
- 血圧の上昇
- 心拍数の上昇または低下
- カテコラミン(交感神経や脳細胞から分泌されるアドレナリン、ドーパミンなどのホルモン)の分泌低下による運動能力の低下
等が有意におこることが研究により報告されています。
具体的には、1日の睡眠が4~6時間になると睡眠不足となり、脳・心臓疾患の有病率や死亡率が高くなると医学的に報告されています。
どのくらいの長時間労働をしたとき、睡眠不足となるか
認定基準における過労死ライン
現行の認定基準では、業務と脳・心臓疾患の発症との関連について、次のような考え方をしています。
①発症前1か月間の時間外労働が100時間を超える
→業務と発症との関連性が強い
②発症前2か月~6か月の平均で、1か月あたりの時間外労働時間が80時間を超える
→業務と発症の関連性が強い
③発症前1か月~6か月にわたって、1か月あたりの時間外労働時間が45時間以下
→業務と発症との関連性が弱い
「45時間」「80時間」「100時間」という3つの目安が設けられています。
時間外労働が月80時間を超える状態が継続すると、脳・心臓疾患の発症リスクが強まるとされています。いわゆる過労死ラインです。
参考:過労死ラインとは
そして、これらの3つの目安は、「疲労の回復に十分な睡眠が確保できるか」という観点から、逆算することではじき出された労働時間の目安なのです。
健康的な働き方(モデルケース)
次が、標準的な労働者の生活スタイルとされているものです。
労働時間は1日8時間、休憩時間1時間として仕事による拘束は9時間となっています。
食事等:5.3時間
睡眠:7.4時間
余暇:2.3時間
仕事(拘束時間):9時間
この場合には、適切な睡眠時間(7.4時間)がとれています。
「食事等」の時間が5.3時間と長いですが、これには食事以外にも、通勤時間や入浴などが含まれ、生活上必要なものとされています。
労働時間が増加した場合、通常、労働者は、まず余暇の時間を削ると考えられます。
さらに、それでも時間が足りないほど長時間労働に及んだとき、睡眠時間を削ると考えられます。
6時間の睡眠時間が確保できない状態とは
1日の睡眠が6時間以下になると、脳・心臓疾患の有病率は高くなります。
そして、6時間の睡眠時間が確保できない状態を考えると、余暇2.3時間と睡眠時間1.4時間を仕事に費やした場合が考えられ、週休2日である場合、次のように計算されます。
3.7時間×1か月の出勤日数21.7日=約80時間
このように、1か月の時間外労働が80時間を超えると、1日の睡眠時間が6時間以下になると想定されます。
5時間の睡眠時間が確保できない状態とは
同様に、5時間の睡眠時間が確保できない状態を考えると、余暇2.3時間と睡眠時間2.4時間を仕事に費やした場合が考えられ、週休2日である場合、次のように計算されます。
4.7時間×1か月の出勤日数21.7日=約100時間
このように、1か月の時間外労働が100時間を超えると、1日の睡眠時間が6時間以下になると想定されます。
休日出勤について
上記の例では、両方とも、週休2日制であることが前提となっています。
しかし、現行の認定基準では、必ずしも、平日のみで上記のような時間外労働をおこなっていることは要求していません。
休日労働に関しても、疲労の蓄積が生じることは医学的に認められていますし、過労事案において、上記の例のように日々全く同じ働き方をしていることは稀です。
ですから、実際の労災認定実務では、「1日に何時間の時間外労働をおこなっているか」ではなく、週単位を基本として、「1週間に40時間を越える時間外労働がどれだけあるか」という観点から業務と発症の関連性を判断します。