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過労死ラインとは-月80時間・100時間を超える具体例

過労死ラインの基礎知識

過労死ラインとは

「過労死ライン」とは、メディア等で一般的に使用される言葉であって、法令等で明確に定義されているものではありません。
一般的には、労災の認定基準(脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準)において、「過労死」であるか否かの基準となる次の2つの労働時間の目安を指す場合が多いと思われます。

①1か月に100時間を超える時間外労働(発症前1か月)
②1か月に80時間を超える時間外労働(発症前2~6か月の平均)

この2つのいずれかを満たすと、脳・心臓疾患の発症のリスクが高まることが医学的に認められていることから、「過労死ライン」とされているのです。

「80時間」も「100時間」も、どちらも「過労死ライン」といえますが、一般的には、「80時間」の意味合いが強い印象です。

3つの認定要件のうちの1つ

過労死ラインは、脳・心臓疾患の労災認定における認定要件のうちの1つにすぎません。
脳・心臓疾患の認定基準では、過労死と認定するべきケースとして、次の3要件を掲げています。
①異常な出来事
②短期間の過重業務
③長期間の過重業務
このうち、過労死ライン(月に80または100時間以上の時間外労働)が関与するのは、「③長期間の過重業務」です。

①「異常な出来事」では、発症直前から前日にかけて、極度な緊張等を引き起こす異常な出来事に遭遇したことが要件となります。
②「短期間の過重業務」では、発症前おおむね1週間に、日常業務に比べて特に過重な身体的、精神的負荷があったことが要件となります。

この2つは珍しいケースですが、慢性的な長時間労働が無かった場合でも、過労死として認定されることがあることを知っていただければと思います。

過労死ラインの根拠

ところで、なぜ、「80時間」「100時間」の時間外労働が過労死ラインとして扱われているのでしょうか。
これには、医学的な根拠があります。

「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」では、睡眠時間が1日6時間確保できない状態が継続すると、疲労の蓄積が生じ、それが血管病変に悪影響を及ぼし、やがて脳・心臓疾患を引き起こしてしまうことが報告されています。
そして、睡眠時間から生活スタイルを逆算して考えることで、①月に80時間以上の時間外労働をおこなった場合には、1日6時間の睡眠が確保できない、②月に100時間以上の時間外労働をおこなった場合には、1日5時間の睡眠が確保できないと考えられることから、これらの基準が設けられています。

一般的なイメージとの乖離

過労死ラインというと、「毎日当たり前のように徹夜で仕事、休日も全然無く働いている状態」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
実際には、徹夜をしていなかったり、土日に休みがとれていても、過労死ラインを超えてしまうことがあります(下記の具体例をご覧ください)。
日本では長時間労働が当たり前という風潮が未だに残っているため、自身では気づかないうちに過労死ラインを超える労働をしている方も多いと思われます。

実際に、弊所に残業代請求などの相談をされる方には、過労死ラインを優に超える残業をおこなっていることが珍しくないことに驚かされます。
それほどに「働きすぎ」はありふれた問題なのです。

裁量労働制・みなし労働時間制の場合

裁量労働制・みなし労働時間制を採用している職場では、実際の労働時間ではなく、労使であらかじめ定めた時間働いたものとみなされます。
ですが、この制度はあくまで賃金(残業代)の計算等に影響するものに過ぎません。
脳・心臓疾患の労災認定においては、これらの「みなし時間」ではなく、あくまで実際に働いた時間(実労働時間)が問題となります。
変形労働時間制、フレックスタイム制が採用されている場合も同様に、実労働時間がどの程度であったかによって、過労死か否かが判断されます。

80時間・100時間を超える具体例

では、どのような働き方をしている場合、月に80時間または100時間を超える時間外労働をしているといえるのでしょうか。
まずは具体例をそれぞれご紹介します。

ケース
4月15日(月)に仕事から帰宅後、労働者が脳梗塞を発症し、倒れてしまった。
それ以前に、前駆症状は見られなかった。

①時間外労働が月80時間を超える例

平日のみ勤務しているケース

月~金曜まで週5日間、次のような働き方をしていたとします。
出勤時刻:8:30
退勤時刻:21:30
休憩時間:1時間

この場合、次のような計算になります。
1日の拘束時間:13時間
1日の労働時間:12時間

1か月の時間外労働時間は「84時間」となり、過労死ラインを超えることになります。
(具体的な計算方法は後でご紹介します。)

平日+土曜日に勤務しているケース

月~土曜まで週6日間、次のような働き方をしていたとします。
出勤時刻:8時30分
退勤時刻:19時20分
休憩時間:1時間

この場合、次のような計算になります。
1日の拘束時間:10時間50分
1日の労働時間:9時間50分

そして、1か月の時間外労働時間は「85時間50分」となります。

1日あたりの時間外労働はそれほど多くないようにみえますが、実際には、休日労働している分が全て時間外労働となるため、過労死ラインを超えます。
このような働き方をしている方は、多いのではないでしょうか。

②時間外労働が月100時間を超える例

平日のみ勤務しているケース

月~金曜まで週5日間、次のような働き方をしていたとします。
出勤時刻:8:30
退勤時刻:22:30
休憩時間:1時間

この場合、次のような計算になります。
1日の拘束時間:14時間
1日の労働時間:13時間

1か月の時間外労働時間は「105時間」となり、過労死ラインを超えます。
このような働き方をしていると、帰宅が深夜になりますから、本人もご家族も、働きすぎではないかという自覚をお持ちの方が多いと思います。

平日+土曜日に勤務しているケース

月~土曜まで週6日間、次のような働き方をしていたとします。
出勤時刻:8時30分
退勤時刻:20時
休憩時間:1時間

この場合、次のような計算になります。
1日の拘束時間:11時間30分
1日の労働時間:10時間30分

1か月の時間外労働時間は「102時間30分」となり、過労死ラインを超えます。
相当な長時間労働といえますが、ブラック企業のようなところで周囲もこのような働き方をしていると、「このくらいは普通」「まだマシな方」という感覚になってしまいがちです。

注意点

タイムカードの記録に基づいて単純に時間外労働時間を計算した結果、上記の例のようになったとしても、必ず労災認定されるとは限りません。
労災認定実務では、たとえタイムカード上や就業規則上、労働時間と評価されている時間であっても、雇用主の指揮命令が及んでおらず、労働者が自由に過ごすことのできる待機時間などが、労働基準監督署によって、休憩時間と評価され、労働時間が減ってしまうこともあります。
また、実態の労働時間が上記のとおりであっても、それを証明する証拠資料が存在しなければ、労災認定は難しくなります。

時間外労働時間の計算の仕方

過労死における時間外労働時間の計算は、次のように、残業代における計算方法とは異なります。

残業代の場合

残業代に関して時間外労働時間を計算するときは、次の両方が「時間外労働時間」となります。
①1日8時間を超えて働いた時間
②週に40時間を超えて働いた時間

過労死の場合

過労死の労災認定実務においては、次のように、発症日から遡って労働時間を計算します。
医学的に、発症に近い労働実態ほど、発症に大きな影響を与えると考えられているためです。

  1. 発症日から遡って、30日ごとに区切る
  2. さらに、発症日から遡って、7日+7日+7日+7日+2日のブロックに分ける
  3. 7日間のブロックは、「7日間の総労働時間数-40時間=時間外労働時間数」となる
  4. 2日間のブロックは、それ以前の5日間の労働日数に応じて時間外労働時間が調整される

両者の計算結果の違い

例えば、週4日、1日13時間労働した場合、1週間の時間外労働時間は、それぞれ次のようになります。
【残業代の場合】
1日あたりの時間外労働時間として、13時間-8時間=5時間
これが4日あるので、1週間の時間外労働は次のようになります。
5時間×4日=20時間

【過労死の認定基準の場合】
一週間の労働時間として、1日13時間×4日=52時間
1週間の時間外労働は次のようになります。
52時間-40時間=12時間

このように、残業代では20時間、過労死の認定基準では12時間と、両者では8時間も異なります。
残業代はあくまで労働の対価を計算するもの、過労死の認定基準では身体への負担を図るものという目的の違いがあることから、このような違いが生まれます。


長時間労働の法規制

過労死ラインというのは、「脳・心臓疾患を発症するリスクが高まる」ということであって、これを超えた長時間労働をおこなっていれば、絶対に病気を発症するというわけではありません。
とはいえ、身体に相当な負荷がかかっていることは確かですし、ご本人やご家族としては心配になるお気持ちが強いと思います。
一番怖いのは、脳・心臓疾患は、多くの場合、発症の直前まで自覚症状がないということです。
「まだ大丈夫」と思っていても、ある日突然強い症状があらわれ倒れてしまうのが過労死の恐ろしいところです。

一方、率直に言って、長時間労働を抑制することは容易ではありません。
従来は、36協定を定めることによって際限なく時間外労働をさせることが可能でしたし、労働者に長時間労働をさせた企業に対する罰則もありませんでした。しかし、働き方改革に伴う労働基準法改正(2019年4月施行)により、時間外労働の上限規制が罰則付きで導入されました。
とはいえ、行政機関が個別の事業所で行われている長時間労働や労働時間管理の不備を漏れなく監督することは不可能ですし、長時間労働を美徳とする風潮もまだまだ根強いうえに人手不足も相俟って、労働者が時間外労働を拒否しづらい状況は続いています。
長時間労働を無くし過労死を防止するには、企業の利益よりも労働者の生活の質を大切にする社会全体の意識改革が必要なのかもしれません。