残業代請求をめぐる弁護士業界の様相は、10年前と現在とで、大きく変化しました。
私が晴れて弁護士となった当時、弁護士業界では、労働問題は「人気のない分野」でした。
その理由は色々ありますが、「手間がかかる割に、もうからない分野」と考えられていたのが主な理由だと思います。
特に、残業代請求では、2年間の労働時間を1日1日特定しなければならず、検討すべきポイントも多いので、めんどくさい事件の典型例と考えられてきた節があります。
私は、もともと労働問題に興味をもち弁護士になりましたが、私のように労働問題への関心が高い弁護士はかなり少なかったと思います。
ビジネスターゲットへの転換
皆さんもご存じの通り、今では非常に多くの専門家が残業代請求を業務分野に掲げています。
その理由は、大きく分けて2つ考えられます。
①近年の過酷な労働環境をめぐり、労働問題への感心が高まっていること
②未払い残業代が「儲かる分野」としてビジネスターゲットにされつつあること
①の理由は歓迎するべきことですが、これは少数派です。
①のように熱意のある理由であれば、解雇、嫌がらせ、過労に起因する諸問題といった他の労働問題全般への関心も高まるはずですが、残業代請求の人気の白熱ぶりは、これらに比べて異様なほどだからです。
業界内で見聞きする話からも、「労働問題を解決する」という意識というよりも、「弁護士の収入源にするため取り組む」というビジネス感覚が色濃くなってきていることを強く感じます。
ビジネス感覚の問題点
ビジネス感覚は、「いかに依頼者の利益になる解決をするか」という弁護士の本質から離れ、「いかに弁護士が効率よく儲けることができるか」という視点が中心になりがちなところに問題があります。
冒頭でもふれたように、残業代請求は、本来、労力のかかる分野です。
最近では会社の対策も巧妙化していて、解決の難しさは増しています。
それなのに何故「儲かる分野」と考えられているのかというと、「大量に受任して、数をこなせば、適当にやっても儲かる」というビジネスモデルが確立されつつあるからです。
残業代請求の分野では、特殊な事案を除き、完全に負ける、つまり一円も会社に支払わせることができないケースはあまりありません。
「勝ちか負けか」よりも「どの程度の水準まで支払わせることができるか」ということが重要になるのです。
支払いの水準を高くするためには、争点についてこちらの主張を認めてもらうべく、丁寧な聞き取りや的確な主張・立証が必要不可欠ですが、これには一定の時間・労力をかけなければいけません。専門的知識をもった弁護士でないとできないうえ、その弁護士1人が責任をもって1度に受任できる件数は限られてきます。
一方、「大量に受任して、数をこなす」スタイルは、おおむね次のようなやり方です(実際に見聞きしてきたものです)。
- 積極的な宣伝・格安の費用設定(実費すら不要など)でたくさんの依頼を引き受ける
- 電話による法律相談を受けただけで、遠方の依頼者から事件を委任する
- 弁護士1人が抱える案件数が非常に多い
- 依頼者対応の多くを事務員がおこなう
- 聞き取りは定型的なポイントしかおこなわない
- 争点をきちんと検討しない
- 主張書面を作成する場合も、法律のポイントを抑えられていない
- 事案の理解が乏しいので、的確な主張・立証ができない
- 労働審判の前に打合せをおこなわない
- 同時に交渉をおこなうべき他の労働問題については依頼を断り、残業代請求しか受任しない
- 安易に低額和解に応じる
既にお気づきでしょうが、このようなやり方では、到底、依頼者の利益を守ることはできません。
一番最後に「安易に低額和解に応じる」という項目をあげましたが、言い換えれば「低額和解にならざるをえない」ということでもあります。
過払い金請求業者の参入
残業代請求に関するビジネスが白熱している要因のひとつに、「過払い金ビジネスの終焉」があります。
過払い金請求は、基本的に定型的な処理(事務的な処理)が中心で、しかも多額の解決金・報酬を得やすいことから、一時期、弁護士業界でブームといって良いほどの盛り上がりをみせました。このとき、一部の弁護士の「大量受任・大量解決」のスタイルができあがったといっても過言ではありません。
ところが、このブームは年々下火となり、さらに請求期限も近づきつつあります。
そこで、今まで過払い金を中心に取り扱ってきた業者が、「過払い金請求の代わり」に残業代請求を扱う、という例を見聞きすることが増えてきました。
ただ、冒頭でも触れたように、過払い金とは異なり、残業代請求では、多様な知識経験・丁寧な取り組みが要求されます。当然、過払い金と同じ感覚でおこなえば、適切な解決は期待できません。