労災事故の発生
労働者のAさんは、ラッピング機を使用して作業をおこなっていたところ、上司の誤った指導が原因で、ローラーに右手から肘が巻き込まれる労災事故にあいました。
この事故により、Aさんは、橈骨・尺骨骨折、右前腕挫創、正中神経麻痺などの傷害をおいました。手術(正中神経剥離術、母指対立再建術)をおこない、1年半近くにわたる治療の末、右手指の痺れ、脱力、痛みなどの障害が残りました。
労働基準監督署による認定(14級)
Aさんは、弁護士に相談する前に自身で労災申請をおこない、労働基準監督署より後遺障害14級の認定を受けました。
労基署の調査官は、「右尺骨茎状突起骨折が認められ、治癒時には骨癒合は認められるものの右拇指を中心に神経症状について、医証において右拇指を中心としたしびれ感の残存が認められ、かつ本人所訴からも「右拇指を中心にしびれは常にあります」との申し出があることから総合的に勘案すると、疼痛以外の異常感覚が発現しており、その範囲も広いものである」として、第14級の9の後遺障害を認定しました。
これは、神経症状の後遺障害の認定基準において、「疼痛以外の異常感覚が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、第14級の9に認定することとなる」とされていることによるものでした。
弁護士による審査請求
Aさんは、後遺障害認定後、当事務所に相談に来られました。
その時点では、Aさんは労基署の認定内容には不満は感じておらず、会社への損害賠償請求の相談が目的でした。
しかし、相談をお聞きしていると、Aさんは、右手に強い痛みを感じていて、字を書くのも非常に困難な状態ということが伝わってきました。Aさんの右手には、「疼痛以外の感覚障害」だけではなく、「疼痛」も認められ、しかもその程度は強いと思われました。
そこで、14級という等級は軽すぎるのではないかと疑問が生じ、審査請求をおこなうことを提案しました。
審査請求における弁護士の意見書では、次の点を中心に、証拠資料を用いながら主張しました。
- 労基署は、「疼痛以外の異常感覚」として14級を認定したが、Aさんは常に強い痛みを感じている
- 事故後から症状固定に至るまで、Aさんの疼痛の訴えが継続していることが、主治医の診療録からも明らかである
- 診療録、診断書では、痺れの記載の方が目立つが、本人の痺れの訴えがより強調されていただけであり、疼痛も継続している
- 右手の痛みのために、現在も日常生活(字を書く、物を掴むなど)に大きな支障がある
- 障害等級に該当する程度には至らないものの、右手指・右手関節の運動可動域に制限があり、また、検査結果から著明な握力の低下が認められる
- 手術においては、正中神経が手掌部で瘢痕に埋もれていたため、剥離が断念されている。これにより、正中神経が著しく瘢痕に埋もれたままの状態であり、正中神経が圧迫されているものと合理的に推測され、痛みの発生は医学的にも裏付けられる
審査官による原処分の取り消し
審査官は、Aさんの後遺障害は「通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの」として12級に該当し、14級と認定した労基署の判断は誤りであるとして、原処分を取り消す決定を出しました。こちらの主張に沿った判断でした。
等級が14級から12級に上がったことにより、労災保険の追加給付がおこなわれたのはもちろん、会社からの損害賠償額も大きく変わりました。
審査請求の期限に注意
この件では、Aさんは労基署の判断に何の疑問も抱いていなかったため、審査請求の期限もあまり意識されていませんでした。
当時、審査請求の期限は60日間と非常に短かったため、相談に来られるのがあと1週間遅ければ、審査請求をおこなうことはできませんでした。
現在では、少し緩和され期限が3か月になりましたが、それでも十分な期間があるとはいえません。労基署から障害補償給付の支給決定通知(ハガキ)が届いたら、まずは中身を確認して、少しでも疑問があれば専門家に相談するのが良いでしょう。
弁護士 四方久寛(大阪弁護士会所属)