待遇の引き下げ(その他労働問題)

給与や労働時間といった労働者の待遇(労働条件)は、就職時に雇用契約の中で明らかにされているか、会社の就業規則(賃金規定を含む)によって定められていなければなりません。

しかし、雇用契約は長期にわたって継続するものですから、様々な事情で、当初の契約や就業規則で定められた労働条件を変更する必要が生じる場合もあります。
他方で、労働条件の変更、特に給与の減額や労働時間の延長といった労働条件の引き下げは、労働者に与える影響が大きく、会社による一方的な労働条件の変更から労働者を保護する必要があります。
そこで、法律は、一定の条件のもとで、契約の途中で労働条件を変更することを認めています。

労働条件の変更が認められるのは、主に次の2つの場合ですが、法律や判例によって、さらに細かい条件が定められています。

  1. 個別の労働者との間で労働条件の変更が合意された場合(労働契約法第8条)
  2. 労働条件に関する就業規則の規定が変更された場合(労働契約法第10条)

①個別の労働者との合意による場合

労働条件は、会社と労働者との合意によって変更することが法律上認められています(労働契約法第8条)。
ただ、一般に労働者は会社に対して自由に意見を言える立場にはないことから、最高裁は、労働者が労働条件の変更に同意していたかどうかの判断は慎重にするべきであり、賃金や退職金に関する労働条件の変更については、変更を受け入れる労働者の行為の有無だけでなく、変更によって労働者にもたらされる不利益の内容、程度、労働者が変更を受け入れる行為に至った経緯や態様、それに先立つ労働者への情報提供や説明の内容から考えて、変更を受け入れる労働者の行為が労働者の自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断されるべきであるとしています(最高裁第二小法廷平成28年2月19日判決)。

とは言え、労働者がひとたび労働条件の引き下げに同意してしまえば、後になってからそれを争うことは原則としてできません。争うことができるのは、同意の意思表示が無効であったり取り消せる場合や、同意の内容自体が労働基準法の定める労働条件の最低基準に達していない場合などに限られます。
ですから、もし、会社から労働条件の引き下げに同意するよう求められたら、会社に対して、変更後の労働条件の詳細やなぜ変更が必要がについて十分な説明を求め、納得できない限り同意をしない(同意書にサインをしない)ことが重要です。

ただ、会社は、個別の労働者との間で労働条件の引き下げについて合意ができなくても、就業規則を変更する方法で労働条件を引き下げる可能性があります。

②就業規則の変更による場合

まず、就業規則を変更するには、会社は、労働者の過半数で組織する労働組合か、それがない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聞いたうえで、労働基準監督署に就業規則の変更を届け出なければなりません(労働基準法第89条、第90条1項)。
また、就業規則の変更が有効と認められるには、会社が変更後の就業規則を労働者に周知させていることや、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に関する事情に照らして合理的なものであることが必要です(労働契約法第10条)

しかし、実際には、特に労働者の過半数で組織する労働組合のない会社が、労働者の過半数を代表する者の意見を聞かずに、就業規則を変更してしまうことがあります。労働者の代表者の意見を聞いてもいないのに、労働基準監督署に就業規則の変更を届け出る際に、従業員のうちの誰かに、労働者の代表者として意見を述べたことを認める書面にサインをさせて、それを労働基準監督署に提出するのです。
このような場合、労働者の代表者の意見を聞いたとは到底言えませんし、仮に実際にその従業員が意見を述べた場合であっても、その従業員を労働者の代表者に選ぶ民主的な手続き(選挙など)がきちんと行われていなければ、「代表者」の意見を聞いたことにはなりません。

また、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性との関係では、実質的に給与が減額となるような賃金体系の変更を含む就業規則の変更が合理的なものであると言えるか、といった問題が生じ得ます。
たとえば、最近、企業の残業代請求対策として、それまで全額を基本給として支給していた給与の一部を固定残業代として支給するように変更するような就業規則の変更が行われることが目につきます。このような就業規則の変更は、企業の財務状況との関係で、労働条件の変更の必要性はあると判断される場合もあるでしょうが、他方で、基本給が急激かつ大幅に減額されるような場合には、労働者の受ける不利益が大きいことから、無効とされる可能性は十分にあると思われます。

待遇(労働条件)の引き下げを争うには

上記の要件のいずれかに問題がある場合には、労働条件の引き下げの効力を裁判で争い、引き下げられた分の給与を請求することも考えられます。
ただ、労働条件の引き下げの幅が小さい場合には、その効力を裁判で争うことによって得られる経済的利益と、そのために必要な弁護士費用とのバランスが取れないことも少なくないでしょう。労働条件の引き下げの効力を裁判で争った結果、いったんは引き下げを撤回させることができたとしても、その後、再び、合理的な範囲で就業規則が変更され、結局、労働条件が引き下げられてしまうということも考えられます。
また、上記のとおり、既に行われてしまった労働条件の引き下げの効力を裁判で争うことは考えられますが、就業規則の変更によって労働条件の引き下げが行われようとしているときに、裁判手続きを利用してそれを事前に食い止めることは難しいでしょう。

そうすると、労働条件の引き下げに対抗する最も有効な手段は、労働者の団結ということになります。
就業規則の変更によって労働条件の引き下げが行われようとしているときには、就業規則の変更に必要な意見の聴取の際に、労働者の代表者がそれに反対する意見を述べ、あるいは、団体交渉やストライキを行って、会社に対し労働条件の引き下げの撤回を求めていくことが必要でしょう。
それでも会社が労働条件の引き下げを強行する場合には、労働委員会に集団であっせんの申立をすることも考えられます。
既に引き下げられてしまった労働条件について、引き下げの効力を裁判で争い、引き下げられた分の給与を請求する場合でも、集団で裁判を起こしたほうが、労働者一人当たりの弁護士費用の負担は軽くなると思われます。